① 売り先は変わっとらんのに、
話す相手が変わった話
福岡で、中小・小規模の会社のIT・AI導入を手伝っています。大手食品メーカーを経て、いまは創業50年を超える食品メーカーで経営戦略をつかさどっています。今回は、うちが悪かった話ではありません。外から来た話です。
ある日、連絡が来ました。
長いこと取引してきた会社が、大手に買収された。
それ自体は、よくある話です。こちらに落ち度はありません。売れとりました。棚も広がっとりました。
問題は、その次でした。
「これまでの取引口座は、引き継ぎません」
「新規の口座は作りません」
「問屋さんを通してください」
うちの売上の、16パーセント。
説明会があった。個別にも話した
説明会がありました。そのあと、個別にも交渉しました。
答えは同じでした。問屋さんを通してください。
「間に1社入るだけ」と言った者がおった
最初、社内にはこういう声もありました。
「まあ、間に1社入るだけやろ」
商品が棚から消えるわけではない。売り先が変わるわけでもない。通し方が変わるだけ。そう思いたかったのだと思います。
私は、そうは思いませんでした。
これから何が起きるか、だいたい分かっとりました。値段がどうなるか。棚がどうなるか。提案が通らんくなること。そして、最後にどうなるか。
言うても、伝わらんかった
「これはまずい」と言いました。何度か言いました。
伝わりませんでした。
当たり前です。こちらが言っとるのはこれから起きることで、目の前ではまだ何も起きていない。棚も残っとる。商品も動いとる。
「大げさやなあ」で終わります。
だから、数字にして会議に出した
シミュレーションを作りました。これから何が起きるか。紙にすると、いくらになるか。
変わるのは、たった一つ
まず、変わるものは一つしかありません。
話す相手です。
それまでは、小売のバイヤーと直接話していました。棚も、値段も、販促も、新商品も、全部その人と決めていました。
これからは、問屋の担当者と話します。バイヤーとは、問屋越しになります。
値段の話は、二段になる
誤解のないように書いておきます。取り分が二倍になるわけではありません。
ただ、確実に増えるものがあります。
- 物流に関わる費用を、原則こちらが持つことになる
- 商品に、問屋さんの利益が乗る
問題は、その先です。
いまの店頭価格を守ろうとすれば、その分だけ卸値を下げるしかありません。
下げなければ、どうなるか。店頭の値段が上がります。直接取引をしとる同業他社の商品が、すぐ隣に並んどるのに、うちだけ高い。
それでは選ばれません。
そもそも、問屋を通す前提で作っとらんかった
もっと根っこの話をすると、原因は、ずっと手前にありました。
うちの商品は、もともと問屋を通す前提で設計されていません。
直接、いくらで出して、いくらで売ってもらうか。その積み方で原価が組まれとる。
間に一段入る余地が、最初から入っとらんかった。
だから間に入られた瞬間に、逃げ場がどこにも無くなります。値引きの余地も、原価を削る余地も、あらかじめ持っとらんかったからです。
ほかにも、じわじわ効くものがある
提案が、人任せになります。新商品も販促も、問屋の担当者が上げてくれて初めて話が進む。上げてもらえなければ、その提案は無かったのと同じです。
熱量が乗りません。問屋さんにとって、うちは何百社のうちの一社です。悪気はありません。それが普通です。
現場の声が、伝言ゲームになります。「なんで売れんのか」が、二つ先から返ってきます。
そして、数字が細くなります。誰が、どこで、何を、いくつ買ったか。それが返ってこなくなる。
そして、16パーセントが消えたら
粗利がいくら減るか。固定費は、そのまま残ります。
その差を、どこで埋めるのか。埋められなければ、何が起きるのか。
そこまで、紙に載せました。
出した瞬間、空気が変わった
しんとしました。
そして、思い出した者がおりました。
「これ、あれと同じやないですか」
同じ形になった取引先が、過去にもありました。そのときも「問屋さんを通してください」でした。通しました。棚にも残りました。最初は、何も変わらんように見えた。
けれど少しずつ細くなって、最後は取引そのものが無くなりました。
誰かに切られたわけではありません。揉めたわけでもない。だんだん話が通らんくなって、気がついたら終わっとった。
そのときを知っとる人間が、社内にはまだ何人も残っています。
そこから、うろたえ始めた
「どうなるんですか、これ」
「前と同じになるんやないですか」
「なんとかならんのですか」
営業が言います。経営の側も、同じことを言うとりました。
会議は増えました。増えるほど、静かになりました。
言えば言うほど、誰も答えを持っとらんことが、はっきりしてくるからです。
最初は大声で、そのうち黙る。黙って、また集まる。
相手の立場で考えたら、当たり前だった
こちらは必死です。16パーセントですから。
でも、向こうから見たらどうか。
まず、新しく取引口座を開くというのは、どこの会社でも重いことです。審査があって、与信があって、稟議があって、支払いの仕組みを作って、社内の登録を通す。担当者一人の判断ではまず動きません。開かないのが普通で、開くほうが例外です。
では、どういうときに例外になるか。直接つながっておく理由が、向こうにあるときです。そこでしか買えないもの。任せておきたいだけの実績。外せない売場。それがあれば、重い手続きも通ります。先方にもメリットがあるからです。
実際、取引が続いた会社もあります。大手だけではありません。中小でも、もともとその会社に口座を持っとったところは、そのまま残りました。
分かれ目は、規模ではありませんでした。
もともと、つながっとったかどうかです。
うちは、つながっていませんでした。
理由のひとつは、たぶん場所です。買収した側は、もともと九州の外の会社でした。九州のメーカーと長く付き合ってきた会社ではありません。向こうの頭の中に、うちの居場所が無かった。
手間をかけてまで、直接つながっておきたいメーカーではなかった。それだけの魅力が、うちに無かったというだけの話です。
腹は立ちません。筋が通っとるからです。
会う場所そのものが、無くなる
口座がない、ということは、取引先ではないということです。
取引先でない会社の人間は、アポイントが取れません。話を聞いてもらう場所そのものが、無くなります。
失うのは、売上だけではない
うちは、その売場のカテゴリーリーダーをやっとりました。
棚の並べ方を考えて、売場をどう組むかを提案して、そのカテゴリー全体を任される立場です。売上の数字以上に、そこにおる意味でした。
口座が無くなれば、その立場からは必然的に外れます。任せる相手が、もうそこにおらんのですから、当たり前です。
そして、四苦八苦しながら主力の座まで持ってきた営業の立場も、いずれ同業他社に移ります。
一度で取れたわけではありません。通って、断られて、また通って、少しずつ棚を広げてきた。それが、口座が一つ消えるだけで、そっくり他社のものになる。
「数字の16パーセントより、こっちのほうが痛い」── そう言う者も、おりました。
まだ、起きとりません。
けれど、来ることは分かっとります。
手の打ちようが、無かった
サボっとったわけでも、能力が足りんかったわけでもありません。
口座はもう無い。会う約束も取れん。相手の言い分には筋が通っとる。入れる隙間が、どこにも一つも無かった。
だからみんな、同じ言葉を繰り返すしかなかった。どうなるの、と。
言うても、誰も動かんかった。
数字にしたら、動きました。
もっとも、動いたのは足ではなく、口でしたが。
ピンチはチャンス
よく聞く言葉です。正直、きれいごとだと思っとりました。いまでも、半分はそう思います。
ただ、これだけは言えます。
こんなことでもないと、人は動かん。
何年も「このままでええんやろか」と思いながら、何も変えんかった。変えんでも、回っとったからです。
外から殴られて、やっと動き出しました。
そして。
このとき、私にはもう、やることが見えとりました。
(つづく)
ULTIMA(アルティマ)/柴﨑 達也
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